改めてズッシリ。本っ当にいろんな意味重みのあるものだな。

お給料日を経て。今月も節約&家計のやり繰りがんばるぞと気合がいい具合に入っている。

手元のお財布に収めておく金額と並行していつもの封筒振り分けだ。知恵を自分なりに振り絞るようにし、今何が緊急性が高くて最優先にする必要があるのかを見極めながら決断をして、全神経や全エネルギーが最優先項目に一斉協力するかのように一気にそこへ向かう。
それぞれお財布や口座、封筒たちに振り分けるようにしながら、かつての父さんのエピソードをまたしても思い出して胸が熱くなった。
それはかつて父さんが金融機関に勤めていたとき、毎日毎日、人の手から手へ渡り生きて動いているお金という生き物を取り扱っていたときのことだ。当時の父さんの擦り切れた手や指のことを、今でも忘れることができない。というか私自身、忘れたくないんだよね。

1円玉から重たい500円硬貨まで分別されているごとに入ったそれぞれの硬貨の麻袋の口ヒモを毎日毎日その手でギュッ、ギュッと開け閉めしていた父さん。とりわけ500円硬貨の入った袋はいちだんとズシッと来るように重たいのでとくに運ぶのが大変だったことも父さんはよくお話ししてくれた。
ひと仕事を終える頃には、人から人へ渡るに渡った結果父さんのいる仕事現場である金融機関に到着している硬貨たちであるゆえに、その硬貨の入った麻袋の入り数確認作業で父さんの指や手は真っ黒けになった上擦りキズだらけになっているのが常だった。そのキズだらけの手から私へ小遣いだと云われながら渡されたお金はいくらであっても使えなかったものだ。もらった瞬間、こちらも一瞬言葉を失い、時が止まったかのようにその重みに絶句してしまった。重たくてキツくて、痛い傷作っての手から渡されたお金だもの、そりゃあ使えないよ。。。湯水のようにパーッと下らないことになんか使ってたまるかというほどの重みのあるものだった。「これは父さんが苦労して稼いだお金だから・・・」そう云うと、「それが分かればいいんだよ」と父さんに云われた。

いつだったか、父さんの行きつけの飲み屋さんがあり、そこの店主の人と父さんは昔から友達だから、話しが弾んだ末によくお店までうちのギターを持ってきてくれないかという電話が我が家に入ったことがあった。そのときにうちの車でご要望のギターを乗せて父さんのいる居酒屋さんまで持って行ったとき、「タクシー代」と云われながら父さんの手から千円札が差し出されたときの父さんの顔つきも忘れられない。
そんな父さんに私は、家族なんだし、車で来ただけだしお小遣いはいいよとか、何がしか拒んだような記憶があったけど確かいいから取っておきな、みたいなことを云われて結局その千円札を受け取ったけど、あのとき持ってきたギターを担いでさあ居酒屋さんへ戻るぞというとき私の方を向いて「(ギターを持ってきてくれて)ありがとう!」と云ってからお店に入っていった父さん。その「ありがとう!」と手向けられたときの笑顔がものすっごく優しさと幸せに満ちたように眩しかったのを未だによく覚えているし、あの笑顔を手向けられたとき「ああ。。。」とただただ胸が打たれて泣きそうになったわ。
そんなエピソードを想い起しながら、知れば知るほどにいろんな意味重みのあるお金のこと、今月も賢く使おうと思う。あわせて読むとおすすめなサイト⇒http://xn--plus10up-0s4g0h4d8a6re9xwf.xyz/

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